水子供養TOP001.jpg

水子供養

水子観音さまとは

水子観音.jpeg

この世に生まれるべく育ってきた胎児がその生命を失ったものが『水子』です。

本来ならば同じ子供として生まれる運命にありながら何らかの事情で、出生できなかったことにより水子は闇から闇に彷徨っています。

その水子をそっと抱きかかえ現世の両親に代わり育まれているのが『水子観音さま』です。

理由あってこの世に命を誕生することができずに亡くなった水子の霊を供養するため、香雲寺には絶えず多くの方がお参りされています。
素直な慈愛の心でご供養することにより、水子の霊も救われ、自身の気持ちも救われます。

『水子供養』とは

『水子』とは流産、死産、中絶、堕胎で亡くなった胎児のことを言います。その供養を『水子供養』と言い、一般的に寺院で行っています。
日本の法律では、生まれ出てない限り人として認識されないため、その命の供養は疎かになっているのが現状です。
しかし仏教では、命が宿った瞬間から一人の人間として扱うので、その命をきちんと供養することが大切だと考えています。

生まれ出ることが叶わなかった小さな命

残念ながらこの手に抱っこしてあげられず、愛情を与えることが叶わなかった命に、来世では元気に生まれ出てこられるように祈り届けることが水子供養です。

水子供養をご希望の方(宗教、宗派は問いません)

水子供養は事前にご予約をお願いします。

お寺に電話またはお問合せフォームにてお問い合わせください。

法事や行事が入っている場合がございます。土日は特に法事が多いためいくつか候補日をご用意いただけると助かります。

水子供養建物.jpg

当日の流れ

1.

予約時間前にはお越しください。

2.

控室にて申込用紙をご記入頂きます。

3.

ご供養はまず本堂で執り行います。 所要時間は20~30分程度です。

4.

その後に境内地にある水子観音堂にお参りいたします。 そして水子観音様の前でお経いたします。20分程度。

矢印3.png
矢印1.png
矢印2.png

 全体で約1時間前後の予定です。

 塔婆、お供物、お線香をお供えいただき終了となります。

お菓子.jpg

供養料

baby01.png

10,000円(塔婆1基料を含む)

持ち物

乳児用のお菓子やおもちゃ(あまり大きくないもの)などのお供え物をお持ちください。(生もの、ジュースはお控えください)

数珠をお持ちの方は、ご持参ください。

服装

喪服である必要はありませんが、軽装ではなく威儀を整えた格好でお越しください。

心得

香雲寺では「法華経」を読み御題目(おだいもく)「南無妙法蓮華経」をとなえます。
本堂にお経本が用意してありますので、心を込めて一緒に唱えましょう。
ここで簡単ではありますが、なぜ「法華経」を読み、「南無妙法蓮華経」を唱えるのか、なぜ必要なのかを説明したいと思います。

ご存じの通り、仏教の開祖はお釈迦様です。大変厳しい修行を重ねられ悟りを開かれたお釈迦様は多くの教え(お経)を我々に残してくださいました。
日本にも多くの宗派が存在するように、沢山のお経が読まれています。
しかしお釈迦様は法華経の中に「私が今まで説いてきた教え(お経)は多数あるけれども、それらの経典は、最終目的である法華経を解くための方便(例え話)である」
そして「どの人々にも解りやすく、導くために多くの教えを説いてきた。
それは、法華経を解くための手段であった」
とも説かれております。
この言葉は法華経の中にも何度も出てきます。

この様に我々が唱える法華経はお釈迦様の本位の教えである事が分かります。
そしてお釈迦さまは、「法華経は成仏するための教えである」とも説かれています。
さらに「私(お釈迦様)が説いている法華経の一句でも聞き入れた者は、どんな人であれ、ことごとく成仏できる」

「聞き入れた人の中で成仏できなかった人は一人もいない」

「法華経のわずか一句を聞いて一瞬でも喜ぶ人がいれば、必ず道が開け成仏の保証を与えるであろう」と説かれています。

なので私達は教えを信じ、心を込めて供養の時に読むのです。

次になぜ「南無妙法蓮華経」を唱えるかです。

仏教として多くのお釈迦様の教えが日本に伝えられ広まった時に、法華経が一番の教えであると広め布教をされたのが、日蓮宗の宗祖「日蓮大聖人」(にちれんだいしょうにん)です。
まず「南無妙法蓮華経」の意味をするにあたり、「南無」の説明から入ります。
インドでは主に「敬意を持って礼拝する」という意味で用いられていますが、
法華経には「敬います」「信じます」「委ねます」「教えを実践します」「身命を捧げます」と書かれています。

日蓮大聖人は「南無という言葉には敬う心、従う心」の意味があり「自分の身命を仏様に捧げる」と説かれています。

次に「妙法蓮華経」についてです。

この「妙法蓮華経」は法華経の題目(タイトル)と説かれております。

例え話になりますが、「アメリカ」と聞くと、私達は、大統領の顔、政治や経済、世界に与える影響力、文化や歴史や国民性など、様々な事柄を思い浮かべます。
これは国名の中にアメリカの全てが備わっている事を意味します。

「名は体を表す」という言葉がありますが、題目(タイトル)には、その物の総体、実体、本質など関わる一切が備わっているのです。

すなわち「妙法蓮華経」の五文字の中に、法華経の全てが備わっているのです。
いわゆる「妙法蓮華経」は法華経の題目(タイトル)であり、法華経全体の肝要であり、心髄なのです。

したがって、「法華経のすべてが」この五文字に集約されている事になります。

「南無」私は信じ、敬い、身命を捧げます。

「妙法蓮華経」法華経の心髄、お釈迦様の全ての功徳(くどく)。


「南無」+「妙法蓮華経」となります。


簡単ではありますが、「南無妙法蓮華経」の意味に少しだけ触れていただいたと思います。


ここで本題の心構えに入りたいと思います。

私達が成仏を願うためには、御題目しかありません。
ただ、唱えさえすれば良いのではなく、信じて唱える事が絶対に必要です。
そこで重要になるのが、信じ方と行い方です。
御題目の力は壮大ですが、一攫千金や物欲、他人を不幸に陥れる事、自分自身の欲のためには、全く力を頂く事はできません。
苦しみや悲しみ、供養を願う人に慈悲の心を持って唱えるお題目こそ、力や功徳を頂けるのです。
功徳は、得るのではなく与えるものです。そうすれば必ず自分自身にも功徳が来ます。
仏教ではこれを「回向」(えこう)と言います。

香雲寺での水子供養の時には、法華経を読み、御題目の「南無妙法蓮華経」を唱えます。
手を合わせ「お釈迦様」「日蓮大聖人」の教えを信じ、慈しみと敬いの心で
一緒にご供養しましょう。